コンパクト。だけど大容量・高効率。背反するはずの要素を共存させたビル用マルチエアコンが、「2021年度 省エネ大賞」で「経済産業大臣賞」を受賞しました。「フレックスマルチ-miniモジュール」。そのコンセプトも、開発から量産に至るグローバルなプロセスも、前例のないことばかり。手探りの日々を一丸となって乗り越えたメンバーたちが、プロジェクトを振り返ります。
Profile
本プロジェクトの統括リーダー
M.M.
設計開発を担当
H.K.
制御開発を担当
M.M.
開発評価を担当
Y.Y.
生産技術を担当
H.S.
01
新しすぎて先が読めない。
だからこそ「やってやる」。
M.M.(リーダー)1台の室外機で、複数の室内機を動かす「マルチエアコン」。その需要が、特に中規模のビルにおいて世界的に伸びている——そんなマーケティングレポートが、このプロジェクトのはじまりでした。ポイントは「中規模」。室外機を置けるスペースには限りがあるけれど、大きな容量がほしい。つまり、たくさんの室内機を動かせるようにしたいというニーズです。
H.K.それが、「サイドフローなのに大容量」という、常識はずれのコンセプトにつながったんですよね。
M.M.(リーダー)そうですね。マルチエアコンには、排気ファンが上向きに付いている「トップフロー」と横向きに付いている「サイドフロー」の2種類があります。トップフロー型は大容量かつ高効率ですが、広い設置スペースが必要。サイドフロー型は筐体がコンパクトな分、容量も効率も控えめ。それならば「大容量で高効率なサイドフロー型」という、いいとこどりをつくればいいのでは? ……と、理屈としてはシンプルですが(笑)。
Y.Y.新しいことづくめの複雑なプロジェクトになりましたね。
M.M.(リーダー)そもそも「コンパクト」で「大容量」という条件が、空調機器の常識でいえば矛盾している。それをアイデアと技術で解決しなければならない。さらに今回は、グローバルモデルとして海外拠点と共同で開発や生産を行うことが決まっていた。これも前例がない。あまりにもチャレンジングで、社内には慎重論もありました。ところが不思議なもので、そういう声を聞くと、リーダーとしては「だったら、やってやろうじゃないか」と気分が上がってしまう(笑)。心のどこかでは、私自身も不安だったはずなんですが。
02
冷媒は少なく、熱交換性能は高く。
矛盾を両立させた「2人乗り」。
H.K.設計を担当した私にとっても、かなり手ごわいプロジェクトでした。M.M.(リーダー)さんの言う通り、コンセプトは常識はずれで、おまけに開発体制はグローバル。私は外国語に全然自信がないのに(笑)。とはいえコミュニケーションに関しては、出張で何度か現地に行くうちにスムーズになっていきましたね。文化や手法の違いには悩まされましたが、無理やりにでも会話すれば、なんとか理解し合えるものだなと。
M.M.(リーダー)すると、やはり技術的な苦労が大きかったですか?
H.K.ええ、すごく高い目標を掲げていましたから。例えば「APF」。「省エネ法」にて定められた省エネ性能を示す指標ですが、これをトップフローと同じレベルに引き上げたい。言い換えれば「少ない冷媒で、これまでになく大きな熱交換性能を出す」ための突破口が必要でした。そこで採用したのが「タンデムサブクーリングシステム」。タンデムとはバイクの二人乗りなどをいいますが、冷媒の凝縮量を上げるサブクーラーを2つ配置したんです。
M.M.(リーダー)製品名にもなっている、モジュール化も大変でしたよね。室外機を単体で使うだけではなく、いくつもつなげて容量を拡大できるようにする。ビルの空きスペースを有効活用することにもつながるから、需要が高い。
H.K.問題は、つなげた時に大量の冷媒が偏ってしまうことです。それをソフトウェアで制御するのがものすごく難しいんですが、僕の書いた仕様書を見事に実現してくれたのがM.M.(制御設計)さんでした。
03
これまでにない効率を求め、
モデルベース開発を初導入。
H.K.M.M.(制御設計)さん。僕が渡した仕様書、難問でしたよね(笑)。
M.M.(制御設計)超難問でした(笑)。自分なりに噛み砕いて形にするのに苦労しましたね。これはH.K.さんだからというわけではなく、私たち制御設計者にとってはいつものプロセスです。今回は特にハイレベルでしたけど……。このプロジェクトにおける新しい試みとしては、「モデルベース開発(以下MBD)」の製品用ソフトへの初導入があります。MBDとは、シミュレーション技術を活用した開発手法で、開発の上流段階で動作検証を行えます。実機をつくってしまう前に問題点を洗い出せるので、非常に効率がいいんです。
M.M.(リーダー)それも海外と協力しての開発だったよね?
M.M.(制御設計)MBDは海外拠点が先行していたこともあり、協働しました。やはり文化や手法に違いがあるので、共通のベースをどう定め、どう運用していくかを固めるまでに苦労しましたね。また、MBDを導入するうえでこだわったのは「エビデンスの残し方」。業務用エアコンは、品質の高さを長期間にわたって発揮することが求められます。ソフトの修正履歴やその理由が、10年後でもちゃんと追えなければならない。従来の開発においても大切にしてきたことですが、それがMBDでも実現できるよう配慮しました。
04
指摘するだけの仕事はしない。
全員が開発の当事者として挑む。
Y.Y.私は耐久性を評価するための試験計画や、不具合が発覚した際の解決などに携わっていました。最初の山は、「清水事業所の基準だけではなく、グローバルな基準でも評価する」という方針が決まったこと。とはいえ、2種類の評価をまるまる実施する時間はない。両者の違いを洗い出し、厳しいほうの基準に合わせることにしました。洗い出しのために、2週間で英語の資料を読破したのはいい思い出です(笑)。
H.K.まったく経験のなかったグローバル基準を、きっちり理解して試験に落とし込んだのはすごかったですね。
Y.Y.実際に試験が始まると、製品が新しすぎて前例のないことが次々に起きました。どこが山というより、ずっと山(笑)。対処のセオリーが確立されていない不具合も多いから、方針をめぐって激論になることもありましたね。H.K.さんとは特によく議論をたたかわせましたよね(笑)。
H.K.Y.Y.さんは真剣だから、痛いところを容赦なくついてくるんですよ(笑)。でも、指摘だけではなく、提案もしてくれるのがすごくありがたい。個人的には、提案に立場も年次も関係ないと思っているんです。課題の克服に必要なら、開発評価の人が設計をやったって構わない。
Y.Y.指摘するだけの仕事はしたくないと思っています。できるだけ改善方法まで提案したいし、自分の中にその知見がなければ、遠慮することなく他部署の人にも質問して、答えを見出したい。
M.M.(リーダー)関わる全員が開発者である、という考え方は確かにある。社風なんでしょうね。
05
コロナ禍で絶たれた海外渡航。
試験装置はフルリモートで。
H.S.私は海外の生産拠点に対する量産のサポートを行いました。製品が世に出るためには、商用試験をパスする必要があります。そのための設備を現地に導入することも、私の役目。ところがタイミングが悪いことに、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が始まったんです。普段のプロセスであれば、日本でつくった設備を分解して輸出し、私が現地に行って立ち上げるのですが、それができない。
M.M.(リーダー)このプロジェクトが始まったのが2019年。そこから2年ほどかかっているから、まさに新型コロナ禍と重なってしまった。
H.S.こればかりはどうしようもないので、フルリモートでの立ち上げに挑戦することになりました。設備の組み立てから運用まで、すべてオンラインで指示を出して現地のスタッフにお願いしたんです。向こうからすれば「日本から送られてきた知らない設備」ですから、なかなか説明が伝わらない。しかもメンバーと私は初対面で、通訳さんは技術用語に不慣れ。もどかしいコミュニケーションの中、組み立ての様子を映像に収めたデータを「動く説明書」として送ったり、資料を私自身で英訳したり。手間はかかったのですが、現地のスタッフにはとても感謝されたんです。気持ちが焦っていたせいか、「ありがとうございました」「助かりました」の声が、よけいに心に沁みました。
M.M.(リーダー)試験プログラムも、相当つくり込んでいましたよね。
H.S.短期間で可能なかぎり精度の高い商用試験を行うために、徹底的にデバッグを行いました。苦心して生み出した設備だからこそ、それが海外でしっかり稼働し、画期的な製品の量産に貢献できたことがうれしかったんだと思います。
Epilogue
ここには、リスペクトできる
メンバーしかいない。
M.M.(リーダー)いま振り返ると、すごく勇気がいるプロジェクトだったなと思います。「初めて尽くし」ですから、手探りで決断し、進んでいかなければならない。しかしその結果が、「省エネ大賞 経済産業大臣賞」として認められ、市場にも受け入れられつつある。信じて形にすることの大切さを、改めて思い知りましたね。
H.K.あの受賞は心の底からうれしかったですね。苦労したからこそ、製品への愛着も深い。じつは、製品を持ち上げる「荷扱い試験」に志願して参加したんです。「わが子を抱いてみたい」、そんな気持ちで。重すぎて持ち上がりませんでしたけど(笑)。
Y.Y.私にとっては、試作試験の始めから終わりまで、初めて一貫して関わった記念すべき製品なんです。おまけに賞まで取ることができて、本当に貴重な経験になりました。それに、このプロジェクトを通じて築いた人間関係は、仕事のベースにもなってくれる大きな財産です。
M.M.(制御設計)人の力はすごく大きいですね。開発中はスケジュール通りにいくのかずっと不安でしたし、ソフト開発に行き詰まりそうになったことも一度や二度ではない。そのたびに、周囲の仲間に助けられました。
H.S.同感です。フルリモートでの設備導入がうまくいったのは、現地スタッフをはじめ、たくさんの助力があったから。自分の役割を全うするうえでは、自分以外の力が必要なんだと実感しました。
H.K.リーダーであるM.M.(リーダー)さんはもちろん、頼りがいがあって、リスペクトし合えるチームメンバーしかいなかった。だからこそ可能になった開発だと思います。大変なこともあったけれど、全体を振り返って「心から楽しかった」と思えるのは、チームメンバーのおかげです。